行政者―ヤマト2199 another story―

 
「それでは状況確認会を始める」
薄暗い会議室、モニターの明かりに照らし出された禿頭の男が会議の開催を継げる。
「太陽系開発計画の進捗はどうだ」
 
「報告します。冥王星環境変更は進捗率90%、現時点で実行可能なタスクは完了しております」
40代と思しき部門長が報告する。声には、抑えきれない緊張が滲んでいる。
木星軌道への推移は進捗率50%、こちらも問題ありません。土星を始め大型ガス惑星の木星軌道への推移は進捗率40%、若干の遅れがありますが冥王星到着には充分間に合います」
「問題無い…と? 木星点火時の冥王星への影響は考慮できているのか?」
囁くような、しかし通る声が、告げられた部門長を竦み上がらせた。
 
冥王星の環境変更を実施。更に土星天王星海王星木星と融合させて第二の太陽とする。状態が安定した第二太陽の衛星軌道に冥王星を乗せ、温暖な気候を得る。それが太陽系開発計画の一つのポイントであった。
だが、第二太陽が核融合を開始する際には強烈な爆発が発生するため、その時点で冥王星が近づき過ぎていた場合は重大な問題が発生しうる。
 
冥王星側の進捗を遅らせろ。但し必要な期間だけだ」
禿頭は、蒼白となった部門長に指示を与えると、次の者に顔を向ける。
 
「地球環境変更の進捗を報告します」
次の部門長は、顔からは多少血の気が失せているものの腹の据わった声で報告を始めた。
放射線暴露、化学的暴露については、調査の結果問題無いことが判明しました。生物的暴露については浄化植物を投下しており、一部海溝を除き完了しております。残りの海溝についても後半年程度で完了する見込みです。ただ問題は…」
「地球人の地下都市…か」
 
ガミラスの技術をもってしても、星一つをくまなく浄化することは困難を極める。
そして、何処に在るかも判らぬ地下都市に潜む微生物まで根絶するとなれば、不可能と言って良い。
「議長、イスカンダル王族に最小限度の遺伝子操作を依頼できないでしょうか」
その場に居た全ての者が息を呑んだ。
「我々のように放射線・真空への耐性等は求めません。しかし、せめて免疫強化はお願いしたい。このままではリスクが…」
「君たちは忘れたのかね」
小さく、感情を感じさせない声が熱弁を封じる。
「我らは、イスカンダルに返しきれない恩がある。そして、その恩を仇で返したのだ」
 
遥か昔、ガミラスは死に瀕していた。
母星が急速に赤色巨星化し―無謀な恒星制御の結果と伝えられる―放射線量の増加、気候の激変、地殻変動に見舞われたガミラスは、生存のための絶望的な戦いを続けていた。
なりふり構わぬ自らへの遺伝子操作、世代型宇宙船の開発、だが、死の運命から逃れる術は無かった。遅かれ早かれ母星が超新星爆発を起こし、星系は焼き尽くされる。当時のガミラスには、その爆発から逃れるだけの速度を出せる宇宙船は造れなかった。
 
それでもガミラスは諦めなかった。
死神の吐息を首筋に感じながら、しかし絶滅の日を1日でも遅くする、そのためだけにガミラスは生きていた。
奇跡を願っていたのかも知れない。
 
奇跡は訪れた。
イスカンダルにより超光速航法とそれを実現する波動エンジン、更に新たな惑星まで提供されたガミラスは、絶滅の寸前で命を永らえたのである。
現在生きているガミラスの命は、全てイスカンダルの温情によるものである。それを忘れたガミラスの民は、一人として居ない。
 
提供された波動エンジンには、中枢部にブラックボックスがあった。
ガミラスは、そのブラックボックスリバースエンジニアリングし、波動エンジンを複製した。
波動エンジンと超光速航法を使い、ガミラスは大マゼラン銀河各地に移民を行った。
最初は友好的に、次第に力ずくで。
移民星系が1つ増える度に、ガミラスに安堵が広がった。もう二度と、絶滅の縁に立たされることは無い。決して、死神の吐息を首筋に感じることは無い。この大マゼラン銀河が滅びない限り。
だが、ガミラス製波動エンジンには重大な不備があった。
 
ゲシュタルト・ジャンプと名づけられた超光速航法、それはワームホールを使って空間を跳躍する航法である。
跳躍後、ワームホールは閉じられるが、ガミラス製波動エンジンでは制御が不十分であり、微細なマイクロブラックホールを残してしまっていた。
そのことに気づいた時には、既に大マゼラン銀河の各地に無数のマイクロブラックホールが残されていた。
母星のガミラス星に至っては、マイクロブラックホールが宇宙空間のみならず地殻を通過する軌道を取っており、都市部だけは防御しているものの、地形・大気には破滅の兆しが現れていた。
 
地殻を貫いているブラックホールガミラス星を飲み込まれるのが先か
ブラックホールが蒸発し、その際の爆発で焼き尽くされるのが先か
サンザーに落ちたブラックホールに太陽を飲み込まれるのが先か
いずれにしても、ガミラスのみならず二重星であるイスカンダルも滅びる。そして大マゼラン銀河も滅びるのだ。
 
そのことを知る者は、極一部である。
だが、そのことを知った者は、何よりもイスカンダル王家の存続を考えた。
他銀河系に新たなイスカンダル星を創り、それを王家に献上する。たとえ母星を失おうと、流浪の民となろうと、否、ガミラスが絶滅しようとも、それだけは成し遂げねばならなかった。
 
禿頭の紅い瞳に見つめられた部門長は、自らの命を絶ちたくなる程の後悔に包まれた。
「次、各地のマイクロブラックホールの状況を…」
漸く紅い瞳が逸れたその時、悲鳴のような声で緊急連絡が入った。
『報告します! ズルカル星系が…し…消滅しました…衛星軌道上からのガンマ線バーストが観測されています…』
静かに、だがそこに居た全員の心の中で無言の爆発が起きた。
 
「そうか、蒸発が先なのだな」
感情の揺れを感じさせない声が響く。
「総統閣下に報告する。本会議は2300より再開。各員、報告状況を最新化しておくこと」
記録によれば、研究機関があったズルカル星軌道上で最初のゲシュタルト・ジャンプが成功してから、実用艦が完成するまで約1年。
心の中のタイムリミットを1年先に設定しつつ、ヒスは官邸に向かった。