残留者―ヤマト2199 another story―

 
俺は元々メカニックだった。
でも、メカニックじゃ女にもてない。
だからパイロットになった。
 
正体不明の敵との戦いで多くのパイロットを失ったとはいえ、パイロットになれたのは俺の実力と運の良さだろう。
戦闘機では無く輸送機のパイロットだが、ちゃんと彼女もできた。まぁ、メカニック時代の同僚なんだが…俺は満足している。
オイルを洗い流せば結構な美人で、気風もいい。このまま人類が絶滅するとしても、最後の日まで彼女といられたら、俺は幸せものだ。
 
俺たちの不幸が始まったのは、生き延びる可能性が出てきてからだ。
イズモ計画。
選ばれた男女を宇宙に逃し、人類を存続させる計画だ。
俺たちは、それに申し込んだ。
そして、彼女だけが受理された。
 
俺はメカニックとしての腕には自信があったが、パイロットとしては二流だ。
彼女は一緒に行けないなら辞退する、と言ってくれたが、俺は彼女に生き延びて欲しいと言った。
そして部屋に戻って一人になった後、死ぬほど後悔した。
パイロットを目指した事、イズモ計画に申し込んだ事、彼女に生き延びて欲しいと言った事。
彼女には生き延びて欲しい。でも、他の男の子供を産んで欲しいとは思えなかった。
だが、それが彼女が選ばれた理由の一つだ。
 
イズモ計画の為に、彼女は九州基地に行く。
俺も九州基地に転属願いを出した。せめて旅立つまでは、彼女の側に居たかったんだ。
二度と会えなくなる俺を、母は泣いて詰った。最後には「お前なんか息子でも何でもない」と絶縁された。
母と絶縁してまで九州に行ったが、結局彼女と会う事は無かった。
 
イズモ計画は極秘任務だ。
計画や地球脱出船の存在が漏れれば、暴動が起きる。
参加する者は隔離され、たとえ軍人であっても連絡は取れないようにされていた。
 
「なぁ知ってるか?」
輸送機の操縦桿を操りながら、主パイロットが言う。
「イズモ計画用の制服、聞いたんだが凄いぜ」
俺が興味の無い振りをしていると、更に意気込んで捲し立てる。
 
「女向けの制服なんかマイクロボアスーツでな、身体のラインがぴっちり浮き出るらしいぜ」
目の前が赤く染まった。
「妊娠中でも腹を圧迫せずサポートするため、なんて言ってるけどアレは子作りのため。男を興奮させるためだな…」
言うな。
それ以上一言も声をだすな。
いつの間にか、右手が腰の銃に触れていた。
 
「あ…もうアイツが見えちまってる」
主パイが別の事に気を取られなければ、俺はヤツを撃っていただろう。
前方に目を向けると、主パイの言う”アイツ”が目に飛び込んできた。
 
「な…なんだありゃ」
想定外の光景に、一瞬殺意を忘れた。
敵の感知を防ぐため行なっている超低空飛行。だがいくら低空とはいえ、真正面にこんなモノが見えるとは思わなかった。
赤錆びたビル…では無い。ビルには砲塔など無い。だが宇宙戦艦でも無い。キリシマでさえ、ここまで巨大じゃ無い。
「大昔の戦艦だとさ。何千人もの乗組員を道連れに沈没したらしいぜ」
 
風が舞う音が、死んだ乗組員の悲鳴に聞こえた。
「アイツには、怪談があってな」
主パイは新たなネタを披露しだした。
「何人か人魂を見てるんだよ。砲塔が動いたのを見たってヤツも居たぜ」
そんなバカな、と言えない雰囲気がその艦にはあった。
 
と…
「う…うわぁあああっ!」
主パイが悲鳴を挙げ、機体が急上昇し始めた。
俺はコントロールを奪い取り、機を低空に立て直した。
「ひ…ひと…ひと…だま…、お前っ、何落ち着いてんだよっ!」
「見間違いじゃないですか? 人魂なんて見えませんでしたよ」
 
そう、人魂なんて見えなかった。
あの色は、戦艦の装甲を溶接するためのプラズマトーチの光だ。
こいつが…この船が、彼女を連れていく地球脱出船だったんだ。
 
この輸送機は、補給用弾薬を目一杯積んでいる。
このままあの船にぶつかれば、船は飛べなくなるかも知れない。
そしたら、彼女とまた会えるかも知れない。
主パイに感じた殺意が、その船に向けて膨らんでいく。
 
その時、金色の光が走り、地面近くに忽然と宇宙船が現れた。
慣性を感じさせない動き。地球のものとは異質なデザイン。
敵だ。
 
俺は輸送機を緊急着陸させ、銃を抜いて機から飛び出した。
主パイが何か叫んだような気がしたが、俺にはどうでも良かった。
アイツを殺す。
アイツなら殺しても誰も文句は言わない。
殺意が解き放たれ、宇宙船から降り立った人影に集中した。
 
人に似たシルエットを確認するや否や、俺は銃を構え、撃った。
そいつはあっけなくはじけ飛んだ。
 
基地に戻った俺を待っていたのは賞賛の言葉と勲章では無く、投獄と尋問だった。
初めて謎の敵を倒した俺は英雄のはずで、なぜそんな扱いを受けるのかさっぱり分からなかった。
ところが、俺を尋問した兵士は、俺が倒した敵では無く、俺こそが宇宙人だと疑っているようだった。
 
昼夜を分かたず尋問を受け、何日経ったのか、今が昼なのか夜なのかも判らない状態になった時、その人が現れた。
俺は条件反射的に立ち上がり、敬礼した。
その人の肩には、初めて見る金の四本線があった。
 
その宙将は、全てを教えてくれた。
あの沈没戦艦が、確かに地球脱出船であること。
金色の宇宙船は、地球のものでは無いこと。
俺が撃った人影は、確かに宇宙人だったこと。
但し、その宇宙人は、地球を復活させるために来てくれた使者だということ。
 
事前に軍には連絡があったらしい。だが、連絡経路のどこかでその情報は止められ、俺に伝わることは無かった。
そして、俺が撃ってしまったために、地球復活は暗礁に乗り上げた。
 
「残念だが、君を生かしておくわけには行かない」
ああ、俺ももう生きていたくは無い。
「明朝、君は銃殺される。申し訳ないが、軍が使者を撃ったことを知られるわけにはいかない。
君は軍人では無く、単なる暴徒の一人として処刑される」
 
いつの間にか、宙将は立ち去っていたらしい。俺は尋問室に一人残されていた。
俺は英雄では無かった。
カニックでは無く、パイロットでも無い。
息子で無く、恋人でも無い。
そして明日、軍人でも無く、人でも無くなる。
俺の目に鈍色の銃口が映った。
 
 
「宙将、始末書を書いて頂かなくてはなりません」
大佐に渡された紙を横目で見て、サインを書きなぐる。
「なぜ彼に銃を渡されたのですか?」
「渡したんじゃない、忘れたんだ」
私が去ってから数分後、置いて来た軍用拳銃で彼は自殺した、と報告があった。
 
彼はメカニックとして、パイロットとして、軍人として、敵と戦い、仲間を助けてきた。
なのに軍は、彼を単なる暴徒の一人として片付けようとした。いや、片付けた。
政治的な判断の下に。
 
確かに地球復活は重要だ。たとえ、どれほどの犠牲を出しても成し遂げなくてはならない。
軍人に、民間人に犠牲が出るのはやむを得ない。私はそこまで理想主義者では無い。
だが、せめてその犠牲は尊重すべきだ。政治的な都合で無かった事にして良いものでは無い。
 
芹沢は、逃亡兵として処理され、暴徒として埋葬されたその男の魂に、一人祈りを捧げた。