死者―ヤマト2199 another story―

 
「森下一尉」
自席で背後から声をかけられた。
「何か」
振り向くと、若い士官候補生が立ちすくんでいた。
「土方宙将より伝言です。『即座に第二会議室に出頭せよ』以上です」
「分かったわ、ありがとう」
微笑みを浮かべるが、彼のこわばりは消えない。
ふと、10年近く前の一時期、遊びで付き合った年下の男を思い出した。彼はそいつにちょっと似ている。
私の顔に視線を向けまいと努力してる様子が可愛いが、彼と遊んでいる暇は無い。
 
「森下、入ります」
会議室に入ると、土方宙将が振り向いた。
私の顔を気にするそぶりは無い。
正体不明の敵から攻撃を受け、既に艦艇損耗率9割、兵員死亡率8割という状況で軍を率いる猛者だ。元部下の顔など気にする人では無い。
 
続いて、会議室のメンバーの姿が目に入った。これには驚いた。
行政および軍のトップが勢ぞろいしている。
榴弾一発で地球の指揮系統は崩壊する。そんなリスクより、これだけの人たちが検討する何かがまだ残っている、ということが不思議だった。
 
森下悠里一尉です。私の以前の部下で、現在は情報9課所属。イズモ計画のメンバーです」
「かけたまえ、森下一尉」
私が用意された席に座ると、全員が私を見つめた。
動揺は顔に出なかった。ポーカーフェイスなら私は他の人より有利な状況にある。
だが、土方宙将の言葉には動揺を隠せなかった、と思った。
「先ほど、イズモ計画の破棄が決定した」
 
「君は驚くということが無いのかな」
藤堂長官が言う。
「いえ、充分驚いております。ただ、私の顔は動きにくいのです」
 
1年程前、謎の敵との戦いで私は全身に火傷を負った。命はとりとめたものの、醜いケロイドが顔にも広がっている。
見舞いに来た両親は絶句し、私が自殺しないかと心配したが、34才になっても独り身で恋人も居ない私には、顔などどうでもよかった。
でも、もしあの人が生きていたなら、違ってたのかも知れない…
 
「軍人として、優秀なんでしょうな」
芹沢宙将が無遠慮に言う。少なくとも、その部分については自信がある。
「例えば戦闘中に私が死亡したとします」
土方宙将が言う。
「もし後任が彼女ならば、私は何も心配しません」
過分な言葉に絶句したが、芹沢宙将はそれどころでは無かったようで、靴を飲み込んだような顔をしている。
 
「では、よろしいですね」
長官の言葉に皆が頷く。
「イズモ計画が破棄され、ヤマト計画が開始された。…地球復活計画だよ」
土方宙将の言葉に、今度こそ私の顔に驚愕が浮かんだ。
 
ヤマト計画の概要説明を受けた後、モニターに1人の少女が映し出された。
「大マゼラン銀河、イスカンダルからの使者。ユリーシャだ」
生物学的特長は人類と変るところが無い。しかしその美貌は、完璧さに於いて人類からかけ離れている。カプセル内で目を閉じている姿は、さながら眠れる森の美女といったところか。
歳は14、5才に見えるが、そもそも彼女に年齢など存在するのだろうか?
 
「1年後、サーシャという姉が来るらしい」
モニターに、ユリーシャに似た女性のホロが映し出される。
「ユリーシャが持つ次元波動エンジンの設計図とサーシャが持つ波動コア、この2つがあれば地球復活に望みが繋がる」
「問題は、設計図を受け取る前に彼女が暴徒に撃たれたことだ」
 
「宇宙船から現れた彼女を敵だと思ったのだろう。怪我自体は大したことは無かったが、感染症が起きた」
その暴徒は…多分もうこの世には居ないだろう。
「冷凍睡眠により症状を抑えている、但し、彼女が設計図を渡すことを拒んだままで…だ。設計図を入手しなくてはヤマト計画が進められない」
「彼女の最後の言葉は、『姉が来るまで設計図は渡せない』だった」
 
全員が沈黙した状況を動かすべく、私は発言した。
「状況はわかりました。それで、私にどのような任務を?」
土方宙将の瞳が、私のそれを捉える。宙将の瞳の中には狂おしいまでの希望と、苦しみの光が見えた。
「君には、死んでもらいたい」
 
 
「お世話になりました」
1ヶ月後、退院する私を主治医の佐渡先生が送ってくれた。
生物兵器の罹患及び重度の火傷じゃったが、いや我ながら天才じゃの」
いやらしい目つきで私を見つめるフリをするが、その目は娘を見る父親のように温かい。
「一時は危なかったんですよ。なのに生物兵器のデータも送れないなんて、軍は一体どうなってるんでしょうね」
むくれている原田看護師を佐渡先生がなだめる姿に微笑みながら、2人に手を振り私は退院した。
 
「土方提督…」
門を出たところで、思わぬ人が待っていた。
「退院祝いがてら迎えに来た。花は持ってないがな…」
「いえ、来ていただいただけで…光栄です」
「早速だが、時間が無い」
「判っています」
 
3時間後、地球衛星軌道上、戦艦キリシマ、第3控え室。そこに私は居る。
30分程前、手に持ったカプセルを土方提督に渡した。私に与えられた任務はそれだけだった。
突然、隣の会議室で歓声と拍手が起きた。任務は成功したようだ。
スピーカから土方提督の声が響く。
「来てくれ、皆が君に礼を言いたいそうだ。…すまない、森下一尉」
「提督、その人は亡くなったのですよ」
 
この任務は極秘だ。記録さえ残すことはできない。
任務の記憶は、今までの34年間の人生と共に、此処に捨てていかなくてはならない。
3年前、ガ軍との戦闘で逝ってしまったあの人への想いも。
私は、以前の私を切り離すように立ち上がった。
 
以前とは違う、金色の髪がなびく
ドアをノックする手の白い肌、細い指の形にも以前の私を思い出させるものは無い。
軍用の遺伝子操作ウィルスは、私の顔も声も、年齢までも変えてしまった。
「森雪、入ります」
会議室の、鏡のように磨かれた扉には、新しい私の顔−サーシャに生き写しの顔−が映っていた。

死者の代弁者〈上〉

死者の代弁者〈上〉