分析者―ヤマト2199 another story―

 
『真田君、艦長室まで来てくれ』
パレスから戻った私に、緊急呼び出しが入った。
艦長室に着くと、そこには艦長と徳川機関長が待っていた。
「これを見て、意見を聞かせてくれ」
小型のホロメモリを渡された。
 
3分弱の動画だった。だが、その内容は驚愕に値した。
「実行の可能性が高いと考えます。直ぐに交渉を行うことを進言します」
動画の中ではスターシャが−地球を救ってくれるはずの女神が−3つの方法を調べていた。
1つ目は、ヤマトを沈める方法
2つ目は、可能ならば乗員の命を救う方法
3つ目は、自らの命を絶つ方法
 
うかつだった。
艦長と2人、輸送機に乗りパレスに向かう間、様々な事実が頭の中で繋がっていった。
 
思えば、ガミラス艦は弱すぎた。
波動防壁に弾かれる攻撃。
波動砲はもとより、ショックカノンすら防ぐことが出来ない防壁。
これは、ヤマトのエンジンに比べてガミラスのエンジンが非力であることを示している。
否、ガミラスのエンジンが非力なのではない。ヤマトのエンジンが強力すぎるのだ。
 
ヤマトのエンジンは、扱いを間違えれば宇宙を破壊しかねない。ガミラス艦が何隻あるかは判らないが、ヤマトが沈めた艦だけでも100は下らない。ヤマトと同レベルのエンジンがそれほど多く稼動していたなら、確率的に宇宙が崩壊していないはずが無い。
 
ヤマトの次元波動エンジンは特別なのだ。
そして、そのような絶大な力を他種族に渡す文明が、長続きできるはずが無い。
しかしイスカンダル文明は数万年の歴史を持っている。
 
ならば、
「初めから、帰さないつもりだったのだろうな」
私は、薮が収集した情報を確認しながら、女神の意図を推測した。
 
ヤマトを使い、銀河系内のガミラス艦を沈める
イスカンダルに着く前に、ヤマトはガミラスに沈められる
大マゼラン銀河の崩壊と共に、ガミラスは滅亡する
これにより、全ての波動エンジンを排除する
 
その意図通りにならなかった要因は、
波動砲か…」
宇宙を破壊しかねない兵器など、戦争を行わなくなって久しいイスカンダル人には想像できなかったのだろう。
 
パレスに到着すると、古代守が驚いた顔をした。
「真田、沖田さんも… 真田、お前さっき戻ったばかりじゃ…」
「古代、スターシャさんは何処だ」
言葉を遮って、問いただす。
「あ、ああ。進が持ってきてくれた俺の銃を調べたいと、部屋に…」
 
沖田艦長と視線を合わせると、私は部屋へ走った。
果たしてそこには、自らの喉元に銃を突きつけた女神が居た。
間に合ってくれ!
私は銃口に向かって跳んだ。
 
銃が放射した衝撃波は私の義手を破壊したが、幸いにして女神の自殺は止めることができた。
「なぜ…なぜだ、スターシャ…」
うろたえる守の横で、イスカンダル女王はただ視線を伏せただけだった。
「応えなくても結構です。我々は知っているのですよ、貴女が我々を殺そうとしたことも」
「さ…真田ァッ 貴様、何バカな事を言っているっ!」
古代守に掴みかかられたが、身体の多くが機械化されている私を止めることはできない。
 
だが、私は気づいていた。
私は間に合わなかったのだ。
ヤマトは、もう二度と飛ぶことはない。
 
「命を絶とうとしたということは、既にあの船は飛べんのですな」
沖田艦長が、私の後を引き取る。
「本当に…ご存知なのですね…」
「全てを終えた後でなければ、命を捨てようとはなさらんでしょう」
 
「せめて、コスモクリーナーだけでも地球に送ってくださらんか」
そう、今となってはそれが最善の方法だ。
「残念ですが、波動エンジン搭載艦は全て廃棄しました。もうイスカンダルには飛べる船はありません」
 
「待ってください」
突然、声が割り込んだ。
「私が地球を離れる時、ガミラス製波動エンジンによる人類存続計画が進行していました」
聞きなれた声色、見慣れた姿。だが、話し方が違う、身体の動かし方が違う。
 
「森君…なのか?」
「第二イズモ計画。私…を含め、ヤマト乗組員はその計画に関与していません。しかし、ある種のミスがあり、私は情報を入手できていました」
沖田艦長が目を閉じ、ゆっくりと首を振った。
「わしは、その計画の存在すら知らなかった。だが、もし知ることができる者が居るとすれば、君だろうな」
 
「すでにガミラス製波動コアの解析は終わっていました。地球人類は何があっても諦めません。必ず波動エンジンを起動するでしょう」
コアさえ解析できたのなら、ヤマトの波動エンジン設計図を参考に造ることはできるだろう。
そして、座して絶滅を待つよりは、どのような不備があろうと起動させるはずだ。
「地球製コアに不備が有るかは判りません。でも、もし不備が有れば銀河系も失われます。私たちにガミラスと同じ過ちを繰り返させないでください」
 
「もう…止められません。波動コアには、既に自壊と、炉心を消失させるよう指示を出してしまいました…」
『申し訳ありません、女王スターシャ。その指示はまだ実行しておりません』
深い知性を感じさせる声が響いた。
ドアを開け滑るように入ってきたのは…
 
「アナライザ?」
静かに女神の前で跪き、頭を垂れる。
赤い円筒形の、いつもはユーモラスなユニットが、その時は鎧を纏った騎士のように見えた。
『お会いできて光栄です。私が波動コアです』
 
半年前に波動コアを起動した際、そこに隠されていた仮想人格が目覚めた。
その仮想人格が外部I/Fとして選んだユニットが、AU-09“アナライザ”だった。
『私はこの地まで、彼らの仲間として旅してきました。だから自信を持って言えます、彼らはガミラスとは違います。どうか、機会を与えてやって下さい』
「今、ここに居る人たちは違うかも知れません。でも人は変るものです」
『ええ、だから私は永遠に彼らを監視し、万一の時は、私が人類を滅ぼします』
 
女神は微動だにしない。
だが私の機械化された目は、彼女の血流が速くなっていることを捉えていた。
『それだけの力があの船にはあります。ナノマシンによる自動修復を使えば、数万年の時を経ても滅びることはありません。お願いします。私は…』
この時のアナライザは、人以上に人間らしかった。
『彼らに、賭けてみたい』
 
「分かり…ました。」
スターシャが呟いた。
「銀河系の運命、イスカンダルの罪を、貴方に預けます」
彼女は、アナライザ…否、波動コアに歩み寄り
「炉心消失は取りやめます。貴方は私の代わりに…イスカンダルの罪を見守ってください」
そして“彼女”の前に立つと、微笑んだ。
「森雪さん。貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

彼女の瞳が揺れ、沖田艦長の視線を捕らえる。
艦長が頷くと、彼女の身体に鋼の芯が入った気がした。
「私の名は――――です」
 
その名前は極秘のため、ここに書くことはできない。
残念ながら私の記憶の中にそのような名前は無く、調べることも禁じられている。
ただその名を聞いた時、古代守が、死体が起き上がりでもしたかのように目を剥いていた。
今度、ヤツに思い出話をさせてみようと思う。
 
付記1
薮が残してくれたホロメモリは記録にも残さず、私が預かることになった。解読には何年も、否、何十年もかかるだろう。
だが、これは正に宝の山だ。
例えば、全ての放射線を跳ね返す防壁、これはすばらしい。
 
これを波動エンジン内部に展開させれば、理論的には出力を無限に上げられ、1日で地球からイスカンダルまで…いやアンドロメダ銀河にさえ行けるだろう。
防御に使えば、波動砲すら跳ね返す最強の楯となる。
今のヤマトの出力では一瞬しか展開できないと思うが、帰路の間に、防御に組み込むことを検討するとしよう。
 
たとえ、どんなことがあろうとも、この艦を地球に届けなくてはならないのだから。
 

付記2
その夜。
自室でホロメモリを解読しているとドアが叩かれ、誰かと思えば古代守だった。
「かくまってくれ」
というので、とりあえず部屋に入れたが、何があったのか言おうとしない。
 
酒を呑ませて白状させようとしたが
「よりによって、なんで彼女が…」
「スターシャは、どこまで気づいてるんだ?」
「もう10年も前のことなのに…」
とワケが分からんことばかり言う。
 
仕方ないので、進と雪が付き合いだしたらしい、と別の話題を振ったら、何とも面白い顔をして
「それはちょっと…どうなんだ…」
「進…なぜ気付かない!」
「いくつ離れてると思ってるんだ」
とか言う。
 
言いたいことがあるなら本人たちに言え、と進と雪を呼ぼうとしたら、必死の形相で止められた。
挙句の果てに、誰にも知られずに地球に帰る方法は無いか、と無茶を言う。
コールドスリープ・カプセルが研究室に有ったな、でも新見には知られる…と思った
ところで、新見が妙なことを言っていたことを思い出した。
 
守が来る少し前である。
「森一尉がスターシャさんにお呼ばれしてるみたいですよ」
新見は、妙に機嫌が悪かった。
「ガールズトークしに行って良いか、真田三佐に確認してくれって頼まれましたけど
…なんで先生が確認するんですか!?」
全く心当たりは無いが呼ばれたなら行けばいいじゃないか、そう応えたと言うと、守が真っ青になって怒り出し、部屋を飛び出していった。
 
その後、古代守の姿は見ていない。
 

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