技術屋―ヤマト2199 another story―

 
「藪主任、上陸許可が降りたら何処に行きたいですか?」
IHIからの出向組−通称石川組−の後輩から以前の役職名で聞かれた時、考えなしに答えたのは失敗だった。
「ダイアモンド大陸だな」
 
「え…」
「やっぱ、そうだったのか…」
「…おっぱい星人
思い出した。
昨日、こいつらが原田看護師を捕まえて同じ質問をしていた時、彼女が答えたのがダイアモンド大陸だった。
 
彼女は宝石に惹かれてそう言ったのだろうが、俺は炭素の塊なんかに興味は無い。
もちろん彼女にも興味なんか…いや、それは少しある…
だが、俺がダイアモンド大陸に行きたいのは、別の、立派な理由がある。
 
先日、保安部の伊藤二尉と呑んだ時、聞いた話だ。
ダイアモンド大陸に研究施設がある。
そこに行けば、次元波動エンジンの詳細な理論・技術が得られるはずだ、と。
ただ、これは秘密事項。余人に言うことは出来ない。
 
早く言い訳しないと、おっぱい星人の烙印を押されてしまう。
でも、どう言えば…
モゴモゴと考えている間に、やつらの視線はみるみる冷たくなっていった。
 
まぁいいか。
イスカンダルに到着して2日目、通常勤務に戻り、数日したら上陸許可が降りるという噂も広がり、なにより宇宙服なしで外に出られる喜びに、ここ甲板は明るい笑い声が耐えなかった。
だが、そんな和やかな雰囲気をぶち壊す問題が、階段を駆け上がってきて、俺の襟を掴み上げた。
 
「お前ら! こんな所でなに油売ってるんだ!」
戦術科の艦長代理クンだとわかったのは、頬に一発貰った後だった。
「お前らが油を売ってる間に、徳川さんが一人で機関の点検をしていて…倒れたんだぞ!!」
殴られたショック、艦長代理や戦術科への反抗心は、その一言で消え失せた。
おやっさんが…倒れた?
 
軍属になって嫌なことも多かったが、徳川機関長に出会えて、あの人の下で働けたのは幸運だった。
たたき上げの軍人だが、民間出の俺たちも仲間と思ってくれ、何よりも一人の技術屋だった。それも一級品の技術屋だ。
 
現代のエンジンは、量子力学と機械工学そして電子工学の融合体だ。
そこに経験や勘など入り込む余地は無い、そう思っていた。
本来、無いはずなのだ。人の感覚など現代のシミュレーションや各種センサに敵うはずが無い。なのに何故か、おやっさんの勘はシミュレーションより当たるのだ。
 
「とにかく!」
艦長代理の叫び声で我にかえる。
「大至急、機関の点検を済ませろ! 終わり次第、俺の所に出頭しろ」
機関のチェックなんか休憩前に済ませてる。そう言い返せばよかったと思いついたのは、機関室に戻ってからだった。
 
おやっさんの様子が心配だったが、出頭が先だ…と思ったら、出頭先には伊藤しか居なかった。
「艦長代理は呼び出されて、恋人と一緒にイスカンダルに向かったよ」
軍人なんて、こんなもんだよ。
 
伊藤からドライに処罰を告げられた。
イスカンダル駐留中、石川組は非番取り消し、無論上陸も不許可。当該期間は機関室清掃のこと。
「甲板で休憩してたのは機関長了解の上だ! そもそも、なぜ甲板に居なかったメンバまで処罰の対象になってんだよ!」
「そうかも知れないが、艦長代理の指示だからね。僕には変える権限が無いんだよ」
 
機関室に戻って、石川組のメンバに処罰内容を伝えたところ、案の定爆発が起きた。
だいたいは俺が伊藤に言ったことと同じ内容だったが、一人、別のことを言い出したやつがいた。
「ひょっとして、南部重工の差し金なんじゃないか?」
 
この艦は多くの部分が南部重工業製だが、エンジンだけはIHI製だ。
今後の人類を左右するコア技術、波動エンジンはIHIが握っている。だが、南部重工が黙って見ているはずが無い。
そして艦長代理クンの直下には、南部重工の御曹司が居る。
 
「なぁ、おやっさんの容態はどうだ?」
話を変える必要もあって、一番の心配事項を口にした。
とたんにヒートしていた奴らの肩が下がる。
「判らないんだ」
「原田ちゃんに聞いたら面会謝絶だって、ドア閉められちまった」
「やっぱり、波動エンジンの放射線で宇宙病になったんじゃ…」
何をバカなことを
そう言えない事情が波動エンジンにはあった。
 
理論も不明、制御方法も不明、南部重工には言えないが、ただ設計図に従って造っただけだ。
おまけに耐久性も不明、人体への影響も不明、ときたもんだ。
 
なのに戦術科は、簡単に出力120%を要求してくる。
確かに各部品は、20%以上の余裕を持って作られている。だが、本当に余裕が有るのかどうか、判っている者など人類には1人も居ない。
想像と憶測を積み上げて100%を設定してるだけだ。
120%まで出力を上げて本当に大丈夫なのか、誰にも判らない。
機関室から離れた第一艦橋にいる奴らは、俺たちの不安など他人事だろう。
 
不安と不満と猜疑心、その3つに挟まれた俺たちに更に爆弾が落ちた。
「おい、これ見ろ!」
石川組の1人が発見した船務科の未公開ファイル。そこには「機関科は別途指示あるまで、戦術科の指揮下に入るものとする」と書かれていた。
 
おやっさんが倒れたら、山さんが後を継ぐ。
俺たちにしてみれば、疑う余地もなかったことだ。
「何で戦術科の指揮下になるんだよ!」
「南部の差金だ! それしか無いじゃねぇか」
「あの艦長代理、気でも狂ったんか?」
「俺はもう、あいつには従えねぇ!」
「おい、そんな言葉を聞かれたら…」
反逆罪だぞ、という言葉は続けることができなかった。
原田さんが扉の近くで、青ざめた顔をして立ちすくんでいたからだ。
 
もし、おやっさんが居たら、こんな状況にはならなかっただろう。
山さんが居たら、一喝して止めさせていただろう。
だけど俺は、俺の言葉には何の力もなかった。
目の前に、手足と口を封じられた原田さんがころがっている。
周りには、正気に返り青ざめた皆が居る。
 
どうする…どうすればいい…
今、原田さんを開放すれば、俺たちは牢屋行きだ。いっそそれが正しい気もする。
だが、それでは南部重工を喜ばせるだけだ。
いや、そんな結果にすらならない。
 
俺たち抜きで、このエンジンはもたない。
今まで、綱渡りのようにエンジンを動かして来た。もうダメだ、と思ったことも一度や二度じゃない。
おやっさん、山さん、軍の皆、それに俺たち、全員が居たから何とかして来れたんだ。
もし俺たち石川組が居なくなれば、間違いなく帰路で制御不能になる。
俺にできることは、1つしか思いつかなかった。
 
「俺は脱走する、彼女を誘拐して」
「ええっ!」
「ちょっ…主任! それは…」
「お前達は、おやっさんや山さんを助けて、この艦を必ず地球に帰せ。誘拐は…俺が彼女に片思いした挙句にやったことだ」
「んなこと言っても、そもそもヤマトから出れるはずが…」
「用意は…していた」
 
地球を出てから、伊藤は良く俺を呑みに誘ってくれた。
それは多分、俺が人との付き合いが下手だったからだ。
そして、俺が機械との付き合いが得意だったからだ。
何か裏があるんだろうな…と思いながら、それでもハズレ者同士の友情という幻想は心地よかった。
 
「このまま地球に帰っても、またガ軍に責めて来られたら滅亡だよ」
「せっかくイスカンダルに来たなら、技術を持って帰りたいじゃないか」
もし、俺にその気があるなら、食料・医薬品などを積んだ船が用意してある。情報を送ってくれるなら追跡に手心を加える。
前回呑んだ時、伊藤はそのようなことを匂わせていた。
 
これが“裏”なんだろうな、と心のどこかで思った。
でも、腹は立たなかった。
この先、100年生きたとしても届かない技術。それを知る機会を与えてくれたヤツに感謝したくらいだ。
波動コアの製造方法を地球に伝えることができたら、もしかするとその後のエンジンは「薮式波動エンジン」と呼ばれるかも知れない。
波動エンジンの耐久性、人体への影響が判れば…いや、全ての放射線を跳ね返す技術だってあるかも知れない。そうすれば、技術屋達は安全に、怯えずに作業できる。全ての技術屋が俺に感謝するだろう。
 
だから俺は、たとえ脱走してでもダイアモンド大陸に行くつもりだった。
 
少し疑っていたが、船はちゃんと用意されていた。食料・医薬品まで伊東が言った通り積まれている。
初めは暴れていたものの、既に蒼白になって震えてるだけの原田さんを後部座席に押し込め、俺はヤマトを脱出した。
 
ダイアモンド大陸の研究施設。
原田さんは、口からガムテープを剥ぎ取った後も静かだった。
こんな静かな彼女を見たのは初めてかも知れない。
手錠を嵌めた原田さんを床に下ろすと、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。
そんな彼女を見たくなくて、俺はコンソールに向かい技術調査に集中した。
 
ハッキングのための様々なツールは用意していたが、出番があったのは翻訳機のみ。
イスカンダル人は信じられない程お人よしなのか、全ての情報がオープンになっていた。
俺は、情報の海を泳ぎ、波動エンジンに関する既に知っている情報、誰も知りえなかった情報を選別していった。
そして、誰も知りえなかった情報の中に1つ、技術とは関係無い情報があった。
 
「藪! お前、自分が何をしたのか分かってるのか!」
頭から湯気が出てるんじゃないかい? 艦長代理クン。
10分後、俺はモニタ越しに彼と向き合っていた。
ヤツが喚いているのはイスカンダル女王の隣だった。この状況では何も言うことはできない。
そして、あいつになんか何も教えてやらない。
 
「わざわざ死の星になった地球まで帰ってどうする? そもそもたどり着けるのか?」
「じゃぁお前は、人類が滅亡しても構わないと言うのか!!」
そんなことは言ってない。
イスカンダルに移住すれば人類は存続できるぞ」
「男一人で人類存続などできるわけ無いだろう!」
「花嫁なら、いるさ」
俺はカメラを原田さんに向けた。
「!…」
「何人も死んでるんだ、2人くらい減ってもどうってこと無いだろう?」
そう言い捨てて、俺は通信を切った。
 
「なぜ…なの?」
ひび割れた原田さんの声が聞こえた。
「俺は…」
なぜ、こんなことになったんだろうな…
「…おっぱい星人なんだよね」
 
左手で情報を収めたホロメモリを弄びながら、俺は言った。
そして、右手を彼女の豊かな胸に伸ばす。
その瞬間、視界が赤く染まった。
 
銃の発射音が遅れて響き、視界の済みにライフルを構えた灰色の制服が映る。
彼女の耳元で囁く自分の声、左手のホロメモリが掌に食い込む痛み、それが、俺の最期の感覚だった。
 
 
「すまなかったっ! わしは…わしは…」
「徳川さん、そんなっ…土下座なんて止めてください」
横で、山崎さんを始め、全ての人が私に土下座しようとしている。
顔をぼこぼこに晴らした石川組の人たちも含めて、全員が。
 
帰艦して艦長に報告を行った後、医務室に向かった私を徳川さん以下全員が待っていた。
「と、とにかく、徳川さんだけ入ってください。あ、ちょっと待って」
石川組の人たちの前に立つ。
「あなたたちに藪さんからの伝言があります。波動エンジンから放射線は出てない。安心して、必ず…必ずこの艦を地球に届けろ、です」
 
医務室に徳川機関長を通し、胸のジッパーを下ろす。
「は…原田っ…何を」
佐渡先生が挙げる上ずった声には構わず、藪さんが私の胸に押し込んだ小型のホロメモリを徳川さんに差し出した。
 
「藪さんが、必ず徳川さんに渡してくれって…自分の命より大切な情報だと…」
佐渡先生と徳川さんが顔を見合わせた後、医務室の端末にホロメモリをセットする。
長いリストが画面に表示された。
「…次元波動関連の技術情報…バカ者が、こんなもの…わしが喜ぶとでも…ん?」
 
突然、画面にウィンドウが現れ、動画の再生が始まった。
聞いたことが無い言葉が流れ、下には翻訳された内容が現れていく。
驚愕が広がった。
「…おお」
「これは…こんなことを…あの人がなぜ…」
 
今すぐ艦長に報告する、という徳川さんを見送った後、佐渡先生が私に声をかけた。
「大丈夫か?」
うなずく、声は出せない。声を出したら泣いてしまうから。
「救難信号が来て、お前が人質になっていることを知った時にゃ、わしはどうしようかと思ったよ…」
 
あの信号を出したのは私じゃない。
あの時、なぜ藪さんが救難信号を発信するのか判らなかった。でも、今判った。
「これが一番早いな…」
発信する時、薮さんはそう呟いていた。
何よりも…自分の命よりも、時間が大切だったんだ。
 
「もう少し…」
自分の事を大切にしても良かったのに…
やっぱり声を出したら泣いてしまって、後ろの方は声にならなかった。
 
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