いまどきの「常識」(香山リカ)

 
香山リカの本は、読んでて楽である。同意できる部分が非常に多く、よどみなく読むことができるのである。
ただし、「同意できる部分が多い」ということは、「読んでも得るものが少ない」ということでもある。その本を読む前のtemaと読んだ後のtema、その差異が本の価値である。完全に同意する内容であれば、読んだ前後のtemaには差異が無く、その本は無価値である。
では、なぜ読むのか? 疲れている時には、自分と同じ意見を持つ人が世の中に居るということが心地ヨイのである。それが美人であればなおさらである
 
しかし、せっかく買った本である。何か、自分の実にしたいのである。
このため、本書を土台にトンデモ説を一席ぶってみる。
 
本書に繰り返し表れるテーマとして、「現実」v.s.「理想」がある。
十数年前の日本において、頻繁に語られていた言葉は「平和主義」などの理想であった。しかし近年、「憲法が実体と合わない」など現実が重視され理想はなおざりにされている。なぜか? 香山リカは、日本の経済的な凋落をその要因と考えているフシがある。
確かにそれもある。しかし、それだけでは無い。
 
現在重視されている「現実」とは、非常に近い未来に起こりうる状況である。一方「理想」とは、遠い未来にあるべき状況である。
十数年前の日本人は、遠い未来を思うことが出来た。今なぜ非常に近い未来しか想像できないのか?
temaが考える要因は、経済的な成功体験である。
 
企業は利益を生むために、様々な方策を実施して来た。その中で十数年間継続して実施している方策がある。決定の迅速化である。
競合他社より1分でも早い決定を行う、それが利益を産む。実際に利益を産むのかtemaには判らないが、少なくともそのように信じられている。そして皆がそう信じている以上、企業の世界ではそれが有効となる。成功した企業は、「判断が早かったためだ」と評価されるのである。
 
これらの成功体験が後押しして、企業の判断は次第に早くなってきた。数年前まで1年かけて判断してきたことは、現在四半期で判断を行っている。そして、皆が四半期で判断している時に利益を産むためには、1ヶ月で判断する必要があるのだ。
現在、企業のトップですら、十年先の世界では無く四半期先の事を考えているフシがある。トップが四半期先しか考えなければ、社員は1週間先の事しか目に入らないだろう。
 
企業の判断が早くなれば、サラリーマンの認識がそのテンポに合わされていく。日本人の多くを占めるサラリーマンのテンポが早くなれば、社会全体にも影響がある。
結果、社会全体のテンポが上がってきているのだ。
この前、楽天イーグルスの監督が1年で交代される、という話があったが、現在の1年は数年前の7年くらいに当たるのかも知れない。
 
今日の判断を迫られている人は、1年後の事など考えられはしない。現在の日本人にとって、未来とは明日のことなのかも知れない。
未来が明日でしかなければ、理想など叶えられるわけがない。今日明日の現実を、何とかしていくしか無いのである。

いまどきの「常識」 (岩波新書)

いまどきの「常識」 (岩波新書)