俺は、君のためにこそ死ににいく(石原慎太郎)

 
本来、映画は監督の世界であるはずだが、かの人が絡むならば話は別である。必ずや、この人の世界に染め上げてるに違いない。
映画は色々な人の思惑を詰め込むより、1人の強烈な人格が作り上げた方が、良い結果を生むことがある。尤もこの映画は見る気がしないので、関係無い。
 
今回ネタにするのは、制作総指揮者のこの一言である。
 

「特攻隊と自爆テロを混同している外国人が多いが、まったく違うものだ! その考えを払拭させたい!!」

http://news.livedoor.com/article/detail/3058991/
 
あ、二言だった。
それはともあれ、言われてみれば特攻と自爆テロは似ている。
何が「まったく違う」のか石原慎太郎は言ってくれてない。言ってくれてるのかも知れないが、記事にはなってない。
 
Wikipediaでは、以下の通り違いを記述している。

これらはあくまで非合法な犯罪者によるテロ行為であり、戦時国際法でその身分が保障される正規軍の軍人が実施した軍事作戦である本項目での特攻とは異なる。国籍を問わず、第二次世界大戦に従軍した旧軍人の中には、このような不適当かつ非礼な表現を不愉快に思う人が多い

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%BB%E6%92%83%E9%9A%8A#.E8.87.AA.E7.88.86.E3.83.86.E3.83.AD
 
もし自爆テロを推進している組織が中心となって国を作り、軍事作戦として実施すれば、この違いは無くなる。
つまり「まったく違う」という対象は、特攻/自爆テロを実施する本人では無く、本人が所属している組織である。
 
このため、「混同している外国人の考えを払拭させる」ことが目的ならば、組織に焦点を当てるべきである。
俺は、君のためにこそ死ににいく」というタイトルは不適切である。個々人の感情を描いても目的とは関係無い。組織として、いかに法を遵守し手続きを踏んだか、そこを示してこそ違いを強調できる。以上を考慮すると、本来あるべきタイトルは「俺は、通達XX-XXXX号の指示に基づき死ににいく」となる。
 
ただし、公舎の中で議決したり命令書に承認印を押すシーンばかりの映画は、さぞかし退屈なものになるだろう。