鉤爪の収穫(エリック・ガルシア)

 
この年にして、ハードボイルドが好きであることに気が付かされた。一人称にも関わらず感情表現が少ない文体は、かえって主人公の押さえつけた感情を想像させ、心に突き刺さる。
 
temaが初めて読んだハードボイルドは、「死に急ぐ奴らの街」(火浦功)だった。
不幸である。
最初の一歩を大きく踏み外している。
とても素晴らしい小説ではある。temaはこれにインスパイヤされて*1「大文字ナン氏の一番長い日」という文を書いたほどである*2
しかし、火浦功に2冊目は無い。
結果、temaの心で芽生えたハードボイルド好きの芽は、長いお別れとなってしまった。
 
長いお別れの後に再会したのが、このヴィンセント・ルビオ・シリーズである。
 

以後、ネタバレ注意!

 
ハードボイルド好きであることに気づいたが、チャンドラやハメットはどうも合わない。主人公にあまりにも力が入り過ぎ、感情移入し難いのである。その点この作者、力の抜き所を心得ている。
ルビオがマフィアの親分宅に行くときの記述を以下に示す。

この仕事をしていると、しじゅう種偏見に出くわす。ヒトであれ恐竜であれ、社会の底辺をなす者にとって、種差別はつきものだ。
(中略)
「このあたり、高級住宅街かい?」
「名士やら政治家やらがすんでいる」運転手が応えた。「ま、いいとこだな。プールやらテニスコートやらが好きならな」
好きですとも、ええ、大好きですとも。

この緊迫した状況で、バカである。脳みそバラ色である。
でもこのようなバカ話を挟むからこそ、シリアスな場面が引き立つのである。
 
本書は「さらば、愛しき鉤爪」「鉤爪プレイバック」に続く3作目となる。前2作に比べて謎解きは少なくなった、というより皆無。探偵役の主人公があちこちを歩き回り、殴られ昏倒している内に謎は勝手に解ける。ハードボイルドの王道である。謎解きが少なくなった分、ハードボイルド色が濃くなっている。
 
ただし本書、途中までは謎解きを考えていたフシがある。
あちこちに伏線を張っているのだが、その伏線が何の役にも立っていないのである。パズラー*3であれば、ニセの伏線を張ることがある。しかし、上記の通りのハードボイルドで、ニセの伏線は不要である。
憶測であるが、途中まで書いたところで編集者からダメ出しをくらったのだと思う。「これでは××と同じネタです!」と言われたのだ。きっと作者は、ソファーの上で身をまるめ、弱々しくミュ〜と鳴くしかすべがなかったであろう。
 
本書には、それ以外にも疑問点がある。

第三ステップは”自分の生活を自分の意志に引きわたすこと”だった。
(中略)
第三ステップの全文を、ひとつここで引用してみよう。
”われわれはみずからの意志と生を神の御手にゆだねることを選ぶ。ただし、その神はどのような存在でもよい。好きに理解すればよい”

「自分の意志に引き渡す」ことと「神の御手にゆだねる」ことは、同じことだろうか? 翻訳を間違えたのかも知れないが、ひょっとしたら、米国において2つは同じことなのかも知れない。
 

ヒトの酒は、恐竜には酩酊効果がない。代謝がまったくちがうからだ。

その代わり、恐竜はバジルなどのハーブを与えると、べろんべろんである。
そのような事があり得るのだろうか?
血液に乗って脳に廻ったアルコールの影響で、シナプスの発火閾値が上下する。これが酔いの正体であるとtemaは考えている。シナプスのレベルにおいては、哺乳類も爬虫類もさして変わらず、爬虫類もアルコールに酔うだろう、とtemaは考えている。
 
爬虫類が酒に酔うか否かは、以前、素戔嗚尊*4が実験し、酔うことが判明している。ただし、かなり大量の酒が必要であることと、サンプリング数が1しか無い*5のが難点である。
 

鉤爪の収穫 (ヴィレッジブックス)

鉤爪の収穫 (ヴィレッジブックス)

*1:つまりパクリなのだが、のま猫ほどヒドいパクリはしてない

*2:ちなみに同時期に大文字ナンさん本人が書いた「大文字ナンのゲロ長い夜」はリライトされて2月頃に出版予定とのこと。めでたい。

*3:「読者への挑戦」があるような、謎解き主体の推理小説

*4:スサノヲノミコト

*5:8かも知れない